ドナルド゠トランプ治世の衰退期に、大きな社会変革への扉が開くだろう。本稿では、トランプ政権が直面している困難の本質を探り、単なる政治家の交代に留まらない変革を志す人々に向けて、いくつかの出発点を示す。
就任から1年半も経たない内に、トランプは2期目の開始時の優位性を全て使い果たした。かつては誰にも止められないかのように見えた彼が、今では無様にもがいている。トランプは強さのイメージを演出することに固執し、シェイクスピアの言葉を借りれば、やがて舞台を去る「哀れな役者」に他ならない。彼の政権から噴出する虚偽と脅迫の奔流が、その実態を露わにする。「白痴のしゃべる物語、たけり狂うわめき声ばかり、筋の通った意味などない。」(松岡和子訳、『マクベス』、ちくま文庫、169頁より)
イランでの失態は、今年既にトランプにとって2度目の泥沼となっている。彼は2026年をベネズエラでの一見成功したパフォーマンスで始めた。しかし僅か4日後、レネー゠グッド(拙訳)殺害事件がニュースの見出しを塗り替えた。3週間近くもの間、準軍事化された移民・関税執行局(ICE)部隊がツインシティーズで人々を残忍に虐待し殺害(拙訳)している間、トランプ政権全体は、広く拡散された映像証拠に反して厚かましくも嘘を吐き続けた。弱みを見せられない情況に追い込まれた結果、トランプの側近達は、ツインシティーズの住民がICEの占拠に対する抵抗運動に次々と加わるにつれ、一方的な命令で現実を押し付けようとした。遂に、支持率の急落と相次ぐゼネストの可能性に直面し、トランプ政権は方針転換を余儀なくされた。国境警備隊の「特命指揮官」グレッグ゠ボヴィーノを解任し、トランプの看板政策(「米国史上最大規模の強制送還作戦」)をニュースから消し去ろうとしたのである。
トランプ政権に仕える傭兵達は、道義的正当性を主張する根拠を既に失っている。
ボヴィーノの辞任は、クリスティ゠ノーム国土安全保障長官とパム゠ボンディ司法長官の辞任への布石となった。トランプが最初の任期の特徴だった絶え間ない人事の入れ替わりを避ける決意で2期目を始動させたという事実は、これが彼にとっていかに大きな敗北であるかを際立たせている。側近達が不名誉な形で去って行くことで、まず残された部下達の忠誠心を損なう。彼等は同僚達の不名誉な末路に自らの将来を重ね合わせざるを得ないためだ。それだけでなく、去っていった取り巻き達が政権の行いを正当化しようとしていた物語の説得力も弱めている。そして、グレッグ゠ボヴィーノとクリスティ゠ノームの解任は、ロサンゼルス・シカゴ・ミネソタにおけるICEの作戦が、米国民を恐怖に陥れて服従させようとする乱暴極まりない試みに過ぎなかったことを認めるに等しい。
ボヴィーノを解任してから1カ月後、トランプはイラン侵攻(拙訳)に踏み切った。ベネズエラでの見かけ上の成功を再現することでイメージ回復を図ったのである。しかし、ミネソタ州の場合と同様、彼は大失態を招き、未だにその泥沼から抜け出せていない。
トランプ政権に関わる者は皆、絶え間なく病的な嘘を付くことで知られる。
3月を通じて攻撃の目標について主張を次々と変え続けたトランプは、4月初旬には民間インフラへの大規模な攻撃――厳密には戦争犯罪に当たる行為――を行うと脅し、紛争に決着をつけようとした。4月6日になっても、トランプはイランによる停戦に向けた10項目の提案について、「不充分だ」と尚も主張していた。その翌朝、彼は「今夜、1つの文明が滅びるだろう」と宣言し、多くの人々を恐怖に陥れ、核爆弾の使用を仄めかしていると思わせた。それは、恐らく無意識の内にデルポイの神託の予言を繰り返していたのかもしれない。神託はクロイソスに対し、もし戦争に踏み切れば「大帝国が滅びる」と告げたが、それがクロイソスの帝国だとは明言していなかった。
自ら設定した期限の1時間半前、トランプは、パキスタンの首相――イラン政府のいかなる代表者でもない――との対話を通じて停戦に達したと発表し、それまで拒否していた10項目の提案を、交渉の「土台として使える」と述べた。
ミネソタからイラン・レバノン・パレスチナに至るまで、彼等が提供できるものは、極一部の富豪を肥やすための死と破壊以外にない。
パキスタンの首相は、米国・イラン、およびそれぞれの同盟国全てが「レバノンを含むあらゆる場所での即時停戦に合意した」と表明した。しかし翌日になっても、イスラエル軍は依然としてレバノンを攻撃し続け、これに対しイランはホルムズ海峡の封鎖を継続した。
トランプにとってこれ以上の最悪の結末は想像し難い。彼はイランにおいて、政権交代もイランの核開発計画の阻止も、公言していた目標を何一つ達成できていない。もはや彼は信頼できる交渉相手とは見なされていないようだ。民間インフラを標的にするという脅し・停戦を交渉したという主張、いずれも空虚だったと明らかになった。彼が取りまとめたと主張する合意を、イラン政府もイスラエル政府も遵守していない。彼はイスラエルのベンヤミン゠ネタニヤフ首相との間で緊張を強いられている一方で、世界経済への圧迫は依然として衰える気配を見せていない。
トランプが民間インフラへの大規模な攻撃――あるいは核攻撃さえも――を真剣に検討していたのか、それとも単なる空虚な脅しだっただけなのかは、依然として不明である。いずれにせよ、彼が核兵器を使用するかもしれないという不安の中で一日を過ごさざるを得なかったことは、老いぼれた独裁者の支配下で生きることがいかに危険であるかを何百万もの人々に痛感させた。しかし同時に、それによってトランプが敵対勢力にとってより恐ろしい存在になったわけではない。彼は気まぐれであると同時に、弱々しく見えるのだ。
イランで今後何が起ころうとも、ミネソタと中東での相次ぐ敗北は、トランプ政権にとって新たな転換点(拙訳)となるだろう。
武装した愚かさ
トランプが2024年の選挙で勝利した際、どう対応すべきかという議論の多くは、彼とその仲間が「邪悪な天才」なのか、それとも「歴史の力に乗じるだけの愚かな受益者」なのかという点に集約されていた。彼の政権復帰によって引き起こされた麻痺状態の多くは、この問いを巡って生じた。リベラル派は、いかなる抵抗もトランプの思う壺(拙訳)となり、彼が戒厳令を宣言する口実を与えると警告した。一方、中道派は打算的にこの情況を利用し、民主党は移民問題において極右の立場を取るべきだと主張した。トランプの敵対者達は、戦わずして諦めるよう自らに言い聞かせていたのだ。それから僅か17カ月しか経過していないにもかかわらず、それがどの程度のものだったのかを思い出すことも、ましてや理解することすら、ほぼ不可能となっている。
この疑問については既に決定的な答えが出ている。トランプにはただ1つの手口がある。それは、社会の最も臆病で憎悪に満ちた層の中にある最も卑劣なものに迎合することであり、彼は非人間的なほど一貫してそれを繰り返している。貪欲な自己利益に報い、寛大さや思いやりを罰するような、それ自体が堕落した社会秩序の中では、この戦略によって彼は大きな成功を収めてきた。しかし今、彼は次々と壁にぶつかっている。
この戦略に基づいて政府を組織した結果、無能な道化師達で埋め尽くされた諸機関が生まれ、彼等は主に世間のイメージ作りに奔走し、トランプの寵愛を競い合うことに終始した。こうしたやり方で国家政策を実施したため、国民の大多数はICEに反発するようになり、その上、民主党(トランプと同じぐらい不人気な数少ない組織の1つ)の下に引き戻されるようになった。
トランプ時代を最も特徴付ける行動の1つは故意の虚偽であり、それは強さを誇示する意図的逸脱の一形態でもある。ドナルド゠トランプが容易に反証できる虚偽を吹聴すると、その支持者はそれを大胆さの表れと解釈する。彼等は、スターリンの手下がそうであったように、こうした虚偽を信じると公言することで、自らの忠誠心の強さを示すことができるのだ。しかし、虚偽に基づいて軍事的な決定を下すことはできない。遅かれ早かれ、その報いは現れることになろう。
トランプの力の大部分は、彼が人々に植え付けた恐怖によって成り立っている。1939年から1941年にかけてヒトラーが行った電撃戦のように、彼の初期の急速な成功は敵対者達の弱さによるものだった。彼等は、トランプ自身と同様、貪欲と特権意識にのみ駆り立てられた政治家・経営者・行政官だった。彼と彼に仕える傭兵達が本格的な抵抗に直面して初めて、その実力を測ることができるようになった。ミハイル゠バクーニンがマリア゠ライヘルへの手紙で述べたように、「人が何をできるかは、戦いの中で初めて明らかになる」のだ。
あるいは、何をできないかが明らかになる。
トランプ政権の決定を左右する最大の原動力は強さを示す必要性である。同政権は、ソフトパワーよりもハードパワーの構築に、説得よりも威嚇に、全てを賭けてきた。今や政治的資本の大半を使い果たしたことで、他の勢力が入り込む余地が広がりつつある。
人間性の中で最良のものを守るために化学剤に耐えるミネアポリスのデモ参加者。
今がその時
プラハの春を経験した後、ミラン゠クンデラは、理想的な政治体制とは崩れゆく独裁体制である、といった趣旨のことを書いた。
あらゆる政府はヒエラルキーと暴力に基づく。政治的・経済的不平等は互いに補強し合う。富が少数の手に集中すればするほど、政治構造はより垂直的になり、その逆もまた然りである。しかし、人々が自らを統治する政府を正当なもの、あるいは少なくとも不可避のものと見なしている限り、この構造はほとんど不可視のままである。苦しみだけでは、人々は変化を望むようにはならない。人々は、自らが想像し得るものに基づいて変化を望む。信用を失った体制が崩壊し始め、人々が目にしている現実と想像し得る未来との間に緊張が生じて初めて、多くの人々は社会構造をどのように変えたいのかを問い始める。
今日、こうした問いはかつてないほど切実なものとなっている。持つ者と持たざる者の格差が拡大し、かつては地域社会や生態系に対する資本主義の負荷を緩和していたセーフティネットや優遇措置を政治家が次々と撤廃しているからだ。
現在、トランプの人気は歴史的な低水準にあり、世論における彼の評価が改善する見込みはほとんどない。にもかかわらず、彼の任期は未だ3年近く残っている。何百万もの人々にとって、トランプの権力掌握と彼を抑制すべき制度の無力さは、政治システム全体に疑問を投げ掛けている。過去1年間にわたって行われた大規模デモに参加した一般市民の間で、こうした怒りと過激化が、混乱を伴いながらも現れつつあることを確認できる。
アナキストやアボリショニストといった構造的社会変革の具体的提案を持つ人々にとって、これはかつてない好機である。今、いかなる制度的勢力もこの問題への解決策を提示できない。私達は違いを超えて協力し、連帯の力と直接行動の有効性を示し、政権への抵抗活動を通じて得た知見を共有し、より良い世界のビジョンを明確に打ち出さねばならない。
この好機は長くは続かないだろう。2026年の中間選挙が近づくにつれ、現在草の根運動(拙訳)に参加している多くの人を含め、人々の関心は選挙政治へと向かって行く。トランプ時代を通じて、今ほど人々に訴え掛けるのに適した時機は、今後二度とないかもしれない。
多くの場合、最も危険な瞬間――例えば、シャーロッツビルやミネアポリス(拙訳)でファシストやICE捜査官が人々を殺害しているような時――は、振り返って見れば、実は最も大きな可能性を秘めた瞬間だったと分かる。恐怖が収まり、その情況が持つ可能性に気づいた頃には、その瞬間は既に過ぎ去ってしまっている。
ポートランドで無差別に市民を襲撃する連邦政府の傭兵達。いかなる武力行使も、益々追い詰められた人々を鎮圧できない。
このことを肝に銘じねばならない。トランプの立場が弱まるにつれ、彼と支持者達は権力の座にしがみつくために、益々恐ろしく常軌を逸した策を講じるようになるだろう。彼と支持者達には、米国内外に莫大な苦難をもたらすだけの時間が未だ残されている。私達は、これまで以上に激しい弾圧(拙訳)に備えねばならない。同様に、これまで見てきたように、トランプが自ら進んで職を去ることはない。
恐らく中間選挙の結果は、今後数カ月の動向によって左右されるだろう。政治家の選挙運動の巧拙に依るのではない。草の根抵抗運動によって、支配階級がトランプは自分達の利益を今後も推進し続けると想像できなくできるかどうか、そして支配層の一部が民主党など他の制度的勢力を軸にどこまで再編できるかどうか、これが鍵となる。
メーデーや夏の活動計画を立てるに当たっては、より長期的な視点が求められる。トランプによる2度目のクーデターの試みを阻止するには、多くの人が必要な戦術を私達と共に行えるよう習熟しなければならない。これらのイベントで私達が示す戦術は、多くの人の助けとなるだろうか?また、私達が広める物語は、トランプ退陣後も、資本主義や抑圧を支えるあらゆる勢力と闘い続けるために、どのような立ち位置を私達に与えるのだろうか?
私達は、ファシスト・億万長者・軍国主義者・シオニスト・キリスト教ナショナリスト・仮想通貨の詐欺師・テック界の大物・企業プラットフォームやソーシャルメディア゠プラットフォーム・ICEのような連邦機関・それらを助長する警察や保安官、更には第1期トランプ政権の終盤に草の根の抵抗運動を弾圧し、第2期トランプ政権という悲劇への道を開いた中道派や民主党とのあらゆる繋がりを、早急に暴き出さねばならない。私達は、トランプへの反対勢力の中に一線を画し、これらの勢力のいずれかを擁護したり弁解したりすることはあり得ないとし、彼等との妥協がいかに有害であったかを明らかにしなければならない。
以下に私達の運動が採用できる具体的目標の幾つかを挙げる:
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ICEや国土安全保障省に対して表面的な改革を提案するような、腰の引けた案はすべて退け、その代わりに、これらを廃止するという長期的な目標を掲げて、徹底的な抵抗を主張しよう。トランプ政権下でこれらの機関に加わった者や留まり続けた者は、一般市民に対する憎悪を露わにし、これらの機関が専制政治家に奉仕することを唯一の目的として存在していると明らかにした。投獄されたり国外退去させられたりした人々が、愛する人々の元へ戻れるようにしなければならない。
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ICE(移民関税執行局)との闘いを、警察や刑務所に対するアボリショニスト運動と結び付けよう。もし民主党の政治家が2021年から2024年にかけて、これらの運動を弾圧することにこれほどの力を注いでいなければ、社会運動は第2期トランプ時代に対して遥かに万全な態勢を整えていたはずであり、政権が支配を強いるために使える手段も少なくなっていたはずだ。
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ICEやトランプ政権全般への抵抗に起因する全ての事件において、囚人を解放し、検察官に被告人への起訴を取り下げるよう迫るために組織化しよう。ICEへの抵抗で告発された人々に対し、大陪審が起訴を拒否し、陪審が有罪評決を下さなかった事例が足掛かりとなる。法律が中立的な機関ではなく、権力者に奉仕する政治的道具であるということがより多くの人々に明らかになるにつれ、極右反動派で構成される最高裁に権力を集中させない形で、不正義に対処する方法を模索する人々が増えていくだろう。
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ドナルド゠トランプとの闘争を、フロック社の監視カメラやデータセンターとの闘争、そしてより広くは、イーロン゠マスクやマーク゠ザッカーバーグのような、利益追求に走るテクノファシスト達への抵抗と結びつけよう。
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人種差別・女性蔑視・トランスフォビア・その他の偏見は注意を逸らすための手段であり、億万長者達が私達のコミュニティを貧困に陥れてきた殺人的慣行と直接結びついていることを明らかにしよう。
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相互扶助プロジェクト・草の根教育プロジェクト・その他の社会インフラを国家の枠組みの外で構築しよう。そうすれば、政府の緊縮財政措置によって骨抜きにされたり、学術機関や非営利団体に対する弾圧の脅威に曝されたりすることがなくなる。
2020年末に起きた急進的な社会運動の崩壊は反面教師だ。私達は、第2期トランプ時代を、その始まりよりも強固な態勢で乗り切らなければならない。真の戦いは今まさに始まろうとしているからこそ、これはとりわけ重要である。欧州ではファシスト勢力の政治的勝利の波が迫っているが、もしトランプが充分大差で敗北すれば、その勢いを削ぐことができるかもしれない。人工知能は、国家による監視と軍国主義を強めつつ、膨大な数の人々を失業へと追いやる段階の始まりに過ぎない。
以前論じたように、21世紀において、国家が資本主義の影響を緩和するためにほとんど何もできない。国家権力は、それを握る者を火傷させるホットポテト(難題)である。世界中で極右政党を権力の座に押し上げているのと同じ情況が、彼等がその支配権を維持することを困難にしている。しかし、それはトランプの後任となる者にも当てはまる。もしトランプが職を追われたとしても、その支持基盤はシオニスト派とネオナチ派に分裂し、いずれも前世代の共和党員よりも毒性の強いものとなるだろう。一方、後任政権もまた怒りと幻滅を招き、極右から新たな勢いの波を引き起こす可能性が高い。もしバイデン政権下で起きたことが繰り返されれば、次回の反動は私達が想像し得るいかなるものよりも恐ろしいものとなるだろう。だからこそ、私達は単に資本主義の最も有害な顔役達に抗議するだけでなく、資本主義が引き起こしている問題を根本から解決しなければならないのだ。
私達は、自らの草の根プロジェクトが、権力を握るいかなる政府とも違うと誰もが容易に分かるようにし、たとえ無能な扇動家が人々を街頭へと駆り立てようとも、自らの活動を拡大し、深化させ続けなければならない。私達が幾度となく――時には勇気によって、時には臆病さによって――学んできたように、最前線にいる方が安全なのだ。
2020年5月、ジョージ゠フロイド殺害に抗議してミネアポリスで行われたデモの最中、自分達に催涙ガス弾を発射した人殺しに、その弾筒を投げ返すデモ参加者。
付録:愚かさについて
この文章で言う愚かさとは、生来の才能の欠如ではなく、それを活かすか、あるいは積極的に抑え込むかという選択の問題である。今や、トランプの台頭を可能にした人々――その多くは、自分が他者にはない天賦の才を持っているという考えに奇妙なほど執着している――が、目の前の現実を故意に、そして頑なに見ようとしてこなかったことは、誰の目にも明らかだろう。この意味での愚かさとは、知性の問題ではなく、道徳的欠陥である。
このことを最も明確に述べているのは、ナチスの台頭を目の当たりにした牧師ディートリヒ゠ボンヘッファーである:
愚かさは、恐らく心理学的問題というよりは社会学的問題である。それは、歴史的情況が人間に及ぼす影響の特殊な形態であり、特定の外的条件に伴う心理的現象である。よく観察してみると、政治的であれ宗教的であれ、公的領域における強力な権力が台頭する度に、人類の大部分に愚かさを感染させていることが明らかになる。これは事実上、社会心理学的法則であるかのようにさえ思われる。ある者の権力には、他者の愚かさが必要とされる。ここで働いているプロセスは、例えば知性といった特定の人間的能力が突然萎縮したり機能不全に陥ったりするというものではない。むしろ、台頭する権力の圧倒的な影響下で、人間は内的な自立性を奪われ、多かれ少なかれ意識的に、生じつつある情況に対して自律的な立場の確立を諦めてしまうようである。愚かな人間が大抵は頑固であるという事実によって、その人が自立していないという事実に目を瞑ってはならない。その人と話すと、相手はもはや人間ではなく、その人を支配しているスローガンやキャッチフレーズと向き合っているかのように感じる。その人は呪縛に掛かり、盲目となり、その存在そのものが悪用され、踏み躙られている。こうして思考能力を失った道具と化した愚かな人間は、あらゆる悪を行う能力を持つと同時に、それが悪であることに気付く能力をも失ってしまう。ここに、悪魔的な悪用という危険が潜んでいる。何故なら、それこそが人間を決定的に破滅させる可能性があるからだ。
しかし、まさにこの時点で明々白々になる。愚かさを克服できるのは教えではない。解放という行為のみである。ここで私達は、殆どの場合、真の内的解放は、外的解放が先行して初めて可能になるという事実を受け入れねばならない。それまでの間、愚者を説得しようとするあらゆる試みを断念しなければならない。この情況は、その理由を説明している。そのような情況下では、「民衆」が本当に何を考えているのかを知ろうとする試みは徒労に終わるのであり、それを知ろうとする試みは、責任を持って思考・行動する者にとって、もはや意味を持たない。
ディートリヒ゠ボンヘッファー著、「愚かさについて」、『獄中書簡集』より。(訳註:邦訳書を入手できなかったため、英訳からの重訳です。)
暴君に仕えることを選んだ者達は、自分の中にある知恵と美を全て押し殺すことはできても、知恵と美そのものを破壊することには成功しないだろう。
トップ画像は、2026年2月1日(日)、ポートランドのICE施設でマーク゠グレイブスが撮影した。連邦捜査官は2日連続で化学剤を用いてデモ参加者を攻撃した。




